東京は再び路地と向き合っている。新宿・歌舞伎町——都内で深夜経済が最も密集し、最も監督が行き届きにくい地区——では、あふれるごみ箱や路上のごみ袋が、訪日観光回復の常態となっており、都はポイ捨てへの過料条例がボランティア清掃にできないことを成し遂げられるか検討している。
小池百合子知事は政策演説でこの問題を議題に載せ、ポイ捨てへの罰則を検討する専門家パネルを招集したと、The Japan Timesは報じている。条例案は公表されておらず、過料の額も設定されていない。あるのは一つの命題だ。問題が最も深刻な街区で午前2時に執行できるルールを東京が書けるかどうかを見極めることである。
パネルが実際に検討していること
日本にはすでにポイ捨てに関するルールがある。軽犯罪法や区条例が、公共空間への投棄やごみの放置を対象にしており、新宿区は日常清掃の多くを自ら予算で賄っている。検討されているのは適法性の欠如ではなく実効性の弱さだ。名目的な罰則、日没後にほとんど出されない通知、そして警察・都・区が同じ通りの異なる部分をそれぞれ所管する管轄の寄せ集めである。
過料条例は紙の上では計算を変えるだろう。だが、罰則が機能するのは、歌舞伎町がごみの大半を生み出す時間帯に、誰かが違反を目撃し、本人を特定し、書類手続きを処理する場合だけだという事実は変わらない。
執行の技術スタックとその限界
パネルが検討する可能性が高いツールは奇抜なものではない。ホットスポットの交差点に固定カメラ、満杯になると通報するセンサー付きごみ箱、苦情を区役所に振り分けるQRコード通報アプリは、日本の都市のポイ捨て防止や路上喫煙対策プログラムで何らかの形で存在している。それぞれが異なるコストの代替となる。カメラは巡回の存在感、センサーごみ箱は定時の収集ルート、通報アプリは午後に閉まる区の窓口への電話の代替だ。
どれも単独で過料を生み出すものではない。カメラ映像は人が確認し、身元と照合し、不服申し立てに耐える通知に仕立てなければならない。その作業は技術的というより事務的であり、カメラの台数ではなく事案件数に比例して増える。日本で公共空間の常時録画に対するプライバシー期待が強いことも、導入を、表示を多用し抑止優先で、意図的に訴追につながりにくい設計へと向かわせる。
人員確保が真のボトルネック
東京の既存の清掃能力は主に区にある。新宿区は作業班と委託清掃員を、地区のごみがピークになる深夜帯ではなく、朝の収集を軸にした日程で配置している。実効性のある罰則を伴う条例は新たな役割を意味する。夜勤の執行職員、カメラと通報の証拠を審査する窓口、短期滞在の訪問者を含む人々向けの多言語通知、そして不服申立て手続きである。
これらは、都が他の支出圧力を吸収している会計年度において経常費である。1件あたり数千円を回収する過料基準ではそれらを賄えない。正当化の根拠は抑止と清掃委託の削減でなければならず、どちらも人員数より測定が難しい。
誰が過料を科されるのかという問題もある。歌舞伎町のごみは一つの集団に帰属させられるものではない。訪問者、住民、夜勤労働者、そして早くからごみ袋を出す商業施設が、同じ山に寄与している。スーツケースを持つ個人を狙った条例は発表は容易だが擁護は難しい。量を生み出す事業者を狙う条例は、まったく別の法的手段を必要とする。
注視すべき点
これがパネルから政策へ移るかどうかを示す三つの指標がある。第一に、専門家グループが明確な罰則範囲を公表するのか、それとも一連の提言にとどめるのか。第二に、都が次の予算サイクルで執行職員の財源を提案するのか——夜勤のない条例はポスターであり、政策ではない。第三に、区と都の当局が誰が通知を出すかで合意するのか。権限の重複は、新しいルールを執行不能にする最短経路だからだ。
今のところ、歌舞伎町の路地は台車と袋を手にした人々によって、現在の訪問者数より何年も前に書かれた日程で清掃されている。条例論争の焦点は、東京がその仕組みに罰則を追加するのか、それともその上に第二の仕組みを重ねるのかである。
